枕石漱流

2章 穀類

目次

はじめに/ 生物の分類と学名/ イネの歴史/ 精米/ ご飯の粘り/ コムギの歴史/ 小麦粉/ パンの作り方/ トウモロコシ/ オオムギ/ モロコシ/ エンバク/ ライムギ/ アワ・キビ・ヒエ/ 擬穀類①アマランサス②キヌア③ソバ/ 食物繊維/ 保健機能食品/ 食物アレルギー/ 参考文献

はじめに

 穀類cerealまたはgrainは穀物ともよばれ、狭義にはイネ目イネ科(下記「生物の分類と学名」を参照)の単子葉植物の種子である禾(カ)穀類cereal cropsを指します。穀類にはコメやコムギ、オオムギ、トウモロコシ、モロコシ、エンバク、ライムギなどがあります。コメ、コムギ、トウモロコシは生産量が多く(表2-1)、世界三大穀物とよばれています。

 ナデシコ目ヒユ科のアマランサスやキヌア、ナデシコ目タデ科のソバなどの双子葉植物の種子も食用に供されており、これらは穀類に似ていることから擬穀類とよばれ、広義には穀類に含まれます。マメ科植物の種子であるダイズやインゲンマメ、ラッカセイ、エンドウマメなどの豆類は菽(シュ)穀類pulse cropsとよばれ、広義には穀類に含まれます(3章豆類を参照)。

 人類はこれらの穀類や擬穀類、豆類を栽培することにより安定して食糧を確保できるようになり、狩猟採集社会から農耕社会へと移行しました。

表2-1 世界の穀類の生産量(2016年)

生物の分類と学名

 1章植物「光合成」で述べたように、生物は原核生物と真核生物に大きく分けられます。また、真核生物は原生生物界、菌界、植物界、動物界の4つに分けられます。原核生物にはシアノバクテリアや乳酸菌、大腸菌などが含まれます。原生生物とは核をもつ単細胞生物のことであり、マイクロアルジェ(珪藻や渦鞭毛藻、円石藻など)や原生動物(アメーバやゾウリムシなど)などが含まれます。

 ここで、後述する「イネ」について説明する前に、生物の種の名前を分類学的に表す学名について簡単に説明したいと思います。学名とは属名genusと種小名specific epithetの二語名法binomial nomenclatureで表される生物の種名のことであり、イネの種名Oryza sativaは、Oryzaが属名(イネ属)で、sativaが種小名になります。生物の分類では属の上位に科family、科の上位に目orderが置かれており、イネはイネ目・イネ科・イネ属に属します。われわれヒトは霊長目・ヒト科・ヒト属に属するホモ・サピエンスHomo sapiensであり、Homoが属名で、sapiensが種小名です。本書では随所に生物の種名あるいは学名がでてきますので、是非覚えておいて下さい。

イネの歴史

 イネ(イネの種子が米です)の原産地は中国長江流域から華南にかけてであり、江西省の仙人洞(センニンドウ)遺跡や吊桶環(チョウトウカン)遺跡などの洞窟遺跡から、紀元前12,000年頃の野生イネ採集の記録が見つかっています。これらの遺跡からは丸底土器の破片が見つかっていることから、土器を使って米を煮て食べていたことが窺えます。紀元前7,000年頃の長江中流域彭頭山(ホウトウザン)遺跡から中国最古の栽培種のイネが見つかっています。野生種はイネの種子が成熟すると穂から離れやすい性質(脱粒性といいます)があります。この性質は収穫に際しては大きなデメリットであるため、種子が穂から離脱しにくい(非脱粒性)変異体を選別するところからイネの栽培化が始まりました(非脱粒性はイネに限らず他の多くの穀類の栽培化の基本的な性質です)。紀元前5,000年頃の長江下流域河姆渡(カボト)遺跡で世界最古の稲作遺跡が発見されており、紀元前4,400年頃の城頭山遺跡(彭頭山遺跡の近く)で最古の水田跡が見つかっています。中国古代文明としては黄河文明(アワ・キビの畑作農業が基盤)がよく知られていますが、これとは異なる長江文明が稲作農業を基盤として興ったことが分かります。

 日本に稲作が伝来したのは、以前は縄文時代晩期から弥生時代であるといわれていましたが、最近の「プラントオパール(植物珪酸体)分析法」を用いた研究により、岡山県岡山市にある紀元前4,400年頃の朝寝鼻(アサネバナ)貝塚からイネのプラントオパールが発見され、日本の稲作の起源は遅くとも縄文時代前期まで遡ることが明らかにされています。

 現在、世界中で広く栽培されているイネはサティバという種(学名:Oryza sativa)で、これはジャポニカ(Oryza sativa subsp. japonica)とインディカ(Oryza sativa subsp. indica)の2つの亜種(subspecies: subsp.と略記)に大きく分けられます。ジャポニカはさらに、熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの2つのサブグループに区分されます。イネの栽培化は中国の長江中・下流域で始まったことを先に述べましたが、このときの栽培イネは熱帯ジャポニカです。イネの野生祖先種はルフィポゴン(Oryza rufipogon)で、これには多年生のものと一年生のものがあります。熱帯ジャポニカは多年生のルフィポゴンから誕生し、インディカは紀元前2,000年頃、南アジアや東南アジアで熱帯ジャポニカと一年生のルフィポゴンが交配して誕生したと考えられています。温帯ジャポニカは熱帯ジャポニカの水田耕作により亜寒帯気候に適応して誕生した変種であると考えられていますが、その場所や時期については今のところ明らかではありません。現在、日本で栽培されているイネのほとんどは温帯ジャポニカですが、縄文前期頃に伝来したのは熱帯ジャポニカという畑作向きの品種(いわゆる陸稲)でした。温帯ジャポニカは水田栽培しかできませんが(いわゆる水稲)、熱帯ジャポニカは畑でも水田でも栽培できるという特徴があります。

 かつて、弥生時代は稲作を主体とする時代であると捉えられていましたが、上述したように稲作は縄文前期頃から始まっていたことから、現在では弥生時代とは水田稲作を主とした生産経済の時代として認識されています。日本で最古(紀元前930年頃)の水田跡が佐賀県唐津市の菜畑遺跡で見つかっており、その頃が弥生時代の始まり(弥生早期)とされています。この遺跡で栽培されていた米は熱帯ジャポニカであることがゲノムDNA解析により明らかにされています。菜畑遺跡に次ぐ水田遺構が、福岡県福岡市の板付遺跡(紀元前9世紀)で発見されています。遺跡内には最初期の環濠集落が形成され、集落内では階層差も生まれたと考えられています。水田稲作には米の収量を増し、連作障害を回避するメリットがあるので、やがて日本全国に広がり、紀元前4世紀〜紀元前3世紀頃には本州最北の青森県(弘前市砂沢遺跡や田舎館村垂柳遺跡)に到達しています。温帯ジャポニカは弥生時代に日本に伝来しますが、その時期は定まっていません。弥生時代の遺跡からは熱帯ジャポニカが相当な割合で見つかっており、水田稲作が始まった弥生早期には、熱帯ジャポニカが水耕栽培されていたと思われます。その後、温帯ジャポニカが伝来し、水田稲作の広まりとともに水稲も日本各地に広まったと推測されます。

精米

 米は籾(モミ)の形で収穫され、籾から籾殻を取り除いたものが玄米です。籾殻は内穎(ナイエイ)と外穎(ガイエイ)から成り、籾摺りという作業で取り除きます。玄米は果皮、種皮、糊粉層(アリューロン層)からなる糠(ヌカ)層(5%)、胚芽(3%)、胚乳(92%)からなっています。玄米を搗精(トウセイ)(精白または精米ともいう)し、糠層や胚芽の部分を除いたものが精白米です。玄米と精白米の利用可能糖質や食物繊維、タンパク質、脂質の含量を表2-2に示します。玄米を精白すると食物繊維と脂質がかなり減少することが分かります。食物繊維はヒトの消化酵素により消化できない糖質であり、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維に分けられます。食物繊維については本章の最後の方で詳しく述べます。

 搗精により玄米から取り除かれた糠層と胚芽を米糠(あるいは単に糠)といいます(実際は胚乳の一部も含まれます)。米糠には食物繊維が20.5%(水溶性:2.2%、不溶性:18.3%)、脂質が19.6%含まれています(表2-2)。米糠を絞って得られるのが米油(米糠油ともよばれます。4章植物油を参照)です。米糠はビタミンやミネラルを豊富に含み、栄養価が高いことからキュウリや大根などの野菜の糠漬けにも使われています。ビタミンB1(別名:チアミン)は鈴木梅太郎により米糠から抗脚気因子として分離されました(6章果物「ビタミンの発見」を参照)。

 お米の胚乳部分に含まれる糖質の大部分はデンプン(別名:スターチ)です。これは光合成により水と二酸化炭素から作られるブドウ糖(別名:グルコース)という単糖がグリコシド結合で鎖状につながってできたホモ多糖です。ホモ多糖とは1種類の単糖から構成されている多糖であり、グルコースのみで構成されるものはグルカンとよばれます。

ご飯の粘り

 デンプンにはブドウ糖の鎖に枝分かれのあるものとないものがあり、枝分かれのあるものをアミロペクチン、枝分かれのないものをアミロースといいます。そしてアミロースの割合がご飯の粘りに関係し、アミロースが少ないほど粘りが強いことが知られています。

 上述したように、世界中で広く栽培されているイネのサティバにはジャポニカとインディカの2つの亜種があります。インディカ米はインドやバングラデシュなどの南アジア、東南アジア、中国中南部など気温の高い地域で主に栽培されており、世界で生産されている米の80%以上を占めています。インディカ米はアミロース含量(全デンプンに占めるアミロースの割合)が2228%と高いためパサパサした食感がありますが、ピラフやチャーハン、パエリアなどには非常によく合います。日本で栽培されているイネのほとんどは温帯ジャポニカであり、ウルチ米とモチ米があります。お餅をつくるモチ(糯)米はアミロースを含まずアミロペクチンだけでできているので、すごく粘りがあります。

 私たちが普段食べているお米はウルチ米で、品種によりアミロース含量は異なります(1523%の範囲)。日本人の多くは粘りのあるご飯を好むので、日本人にとって美味しいお米はアミロースが少ないものということになります。そこで日本各地の農業試験場では、美味しい米作りのためにアミロースをいかに減らすかということを大きなテーマとして研究しています。北海道では1970年代まで優良米を生産できなかったのですが、 1984年の「ゆきひかり」を皮切りに、1988年の「きらら」、2001年の「ななつぼし」、2008年の「ゆめぴりか」など優良米が続々と生産されるようになりました。特に「ななつぼし」と「ゆめぴりか」は数多くある北海道米品種の中で食味ランキング最高位「特A」を獲得しています。アミロース含量は「ななつぼし」19%、「ゆめぴりか」15~16%と報じられています。「ゆめぴりか」という名前は「日本一美味しい米を」という北海道民の「夢」とアイヌ語で美しいを意味する「ピリカ」を合わせたものだそうです。

 本州最北端に位置する青森県においても優良米生産のための研究がすすめられ、2014年に初めて「特A」米が誕生し「青天の霹靂」と命名されました。この米のアミロース含量は17%と報じられています。

 ここでちょっとお米の粘りと遺伝子の話をしましょう。デンプンはデンプン合成酵素(SS)により合成されます。SSにはアミロースの合成に関与するデンプン顆粒結合型SSGBSS)とアミロペクチン合成に関与する可溶性SSSSS)の2種類があります。モチ米ではGBSSの遺伝子(ワキシー遺伝子とよばれています)は機能を失っているため、アミロースが合成されません。インディカ米とウルチ米ではワキシー遺伝子が異なっており、前者のGBSSの発現量は後者の10倍程度高いことが分かっています。GBSSの働きが強いインディカ米ではアミロース含量が高くなり、その働きが弱いウルチ米ではアミロース含量が低くなるということになります。イネの野生祖先種ルフィポゴンにはインディカ米と同じワキシー遺伝子が存在することから、長い稲作の歴史の中で、この遺伝子に変異が起こり、粘りをもったウルチ米が誕生したと思われます(遺伝子の変異については後述します)。ところで、同じ品種のウルチ米でも栽培する環境が異なるとアミロース含量が異なるものができることが分かっています。例えば、同じコシヒカリを登塾期間(出穂から刈取りまでの期間)に異なる気温で栽培すると、気温が高い条件下ではアミロース含量は低くなり、逆に、気温が低い条件下ではアミロース含量は高くなるということが実験的に示されています。したがって、お米の品質は天候により大きく左右されることになります。

 「コシヒカリ」の変異から生まれた「ミルキークイーン」とよばれる品種がありますが、この米のアミロース含量は10%程度で(「コシヒカリ」は17%程度)、もちもち感が強いことが知られています。

表2-2 穀類の成分(g/可食部100g)

遺伝子の変異

 遺伝子は染色体上にあり、タンパク質の情報をもっています。遺伝子にはしばしば変異すなわち遺伝子の本体であるデオキシリボ核酸(DNA)の塩基配列に変化がおこり、ひいてはこれがタンパク質の変化につながります。タンパク質は20種類のアミノ酸が直鎖状に配列してできています。ヒトの体内には2万種類以上のタンパク質が存在しますが、それぞれのタンパク質は構成するアミノ酸の数や配列順序が異なります。タンパク質のアミノ酸の配列順序の情報を担っているのがDNAの4つの塩基アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)およびチミン(T)の配列順序なのです。リボ核酸(RNA)ではチミンの代わりにウラシル(U)が使われます。1つのアミノ酸の情報は3つの塩基の配列(これをコドンといいます)で決まっています。例えば、コドンがCGGであればアルギニンというアミノ酸を指定し、CGというコドンはグルタミンというアミノ酸を指定して、図2-1に示すように遺伝子からタンパク質が合成されます。したがって、遺伝子DNAの変異がタンパク質の構造を変えてしまうということが起こるわけです。具体例で示すと、図2-1の3番目のコドンはCGGですが、このコドンの2番目の塩基GAに点変異(point mutation)するとCAGというコドンになり、これはアルギニンではなくグルタミンというアミノ酸を指定することになるので、タンパク質の構造が変わるわけです。

図2-1 遺伝子からタンパク質が作られるメカニズム

コムギの歴史

 コムギ(小麦、英名:wheat)はイネ科コムギ属(Triticum)の植物の総称です。表2-3に野生種・栽培種コムギの和名、英名、学名を示します。現在、世界で栽培されている主要なコムギはパンコムギ(別名:普通コムギ)とデュラムコムギ(別名:マカロニコムギ)です。その他の栽培コムギとしてはアインコルンコムギやエンマーコムギなどがありますが、これらのコムギは、現在は限られた地域でしか栽培されていません。

 アインコルンコムギとエンマーコムギは、最終氷期が終わり、地球が暖かくなり始めた紀元前9,000年頃、トルコ南東部のカラジャダー(Karacadagdagはトルコ語で山を意味し、 Karacadagはカラジャ山ということになります)あるいはカラタル-カラダー(Kartal-Karadag)地域の野生のアインコルンコムギとパレスチナコムギからそれぞれ栽培化されたと考えられています(図2-2)。野生パレスチナコムギは図2-2に示すように野生ウラルツコムギ(学名:Triticum urartu)と野生クサビコムギ(学名:Aegilops speltoides)の交雑により生じたと考えられています。クサビコムギはエギロプス属(Aegilops)に分類されていますが、エギロプス属はコムギ属と遺伝学的に似ているため、コムギ属に入れた方がよいという見解があります。二倍体のAゲノムをもつウラルツコムギ(AA2n=14)とSゲノムをもつクサビコムギ(SS2n=14)から四倍体のABゲノム(SゲノムとBゲノムはよく似ており、SからBが分化しました)をもつパレスチナコムギ(AABB2n=28)が生じたわけで、これを倍数性進化といいます。学名を見比べてわかるように、野生アインコルンコムギと栽培アインコルンコムギは同じ種の亜種であり、また、パレスチナコムギとエンマーコムギも同じ種の亜種です。「イネの歴史」で述べたように、野生コムギと栽培コムギの重要な違いは種子の穂からの離れやすさであり、前者が脱粒性であるのに対して後者は非脱粒性です。

 死海の北にあるエリコ遺跡には紀元前8,000年頃のコムギを栽培した農耕集落の跡が残されています。メソポタミア文明はコムギ生産により誕生しました。

 エンマーコムギ(ABゲノムをもつ)がトルコ南東部から東方に伝播し、紀元前6,000年頃カスピ海南岸地域で野生のDゲノムをもつタルホコムギ(学名:Aegilops tauschiiDD2n=14)と交雑して、ABDゲノムをもつ六倍体のパンコムギ(AABBDD2n=42)が誕生したと考えられています(図2-2)。パンコムギはタルホコムギの遺伝子により優れた耐寒性を獲得し、世界の温帯地域で広く栽培されるようになりました。パンコムギはその名の通りパン用のコムギで、現在、世界で生産されるコムギの約90%を占めています。デュラムコムギはエンマーコムギから誕生したもので、スパゲッティやマカロニなどの乾燥パスタの原材料として使われています。

 日本にコムギが伝来したのは弥生時代であるといわれていますが、どのような種類のコムギかは明らかになっていません。

 米にはアミロースを含まないモチ米があることをすでに述べましたが、コムギにはかつてモチ性のものはありませんでした。しかしながら、1995年以降日本の農学者たちにより、アミロース合成に関与する顆粒結合型デンプン合成酵素(GBSS)の遺伝子(ワキシー遺伝子)が変異してGBSSの機能の著しく低下したモチ性パンコムギ(「はつもち」や「もち乙女」、「あけぼのもち」、「いぶきもち」、「うららもち」、「もち姫」など)が次々に開発されました。これらのモチ性コムギのアミロース含量は2%以下であり(ウルチ性コムギのアミロース含量は2329%程度)、食品に「モチモチ感」や「つるつる感」、「しっとり感」を与えることから、パン類や麺類、せんべい、和菓子、ケーキなどへの利用が期待されています。

 後述するように、トウモロコシにはショ糖が多く、デンプンが少ない「スイートコーン」という甘味種があります。コムギには甘味種は存在しませんでしたが、2006年に農研機構と日本製粉の共同研究により、モチ性コムギと高アミロースコムギ(アミロペクチン合成能が極めて低いコムギ)を交配して甘いコムギ(「スイートウイート」sweet wheat)が世界で初めて開発されました。この品種は二糖(ショ糖、麦芽糖)と単糖(ブドウ糖、果糖)の含量が約6%と非常に多く(普通品種では約1%)、デンプン含量が約18%と非常に少ない(普通品種では約52%)のが特徴です。

表2-3 コムギの和名、英名、学名
図2-2 コムギの倍数性進化と栽培化

小麦粉

 米は籾(モミ)として収穫され、籾摺りにより籾から籾殻を取り除いて玄米が得られることを先に述べました。パンコムギやデュラムコムギの種子の殻(内穎と外穎からなる穀皮で米の籾殻に相当)は柔らかく、穀粒から容易に剥がすことができます。これを易脱穀性といいます。野生コムギは殻が硬く、剥がれにくいので難脱穀性です。栽培コムギのアインコルンやエンマーコムギ、スペルトコムギなどは難脱穀性のため、次第に栽培されなくなり、パンコムギとデュラムコムギに置き換わっていきました。しかしながらインドなどでは現在も、エンマーコムギが生活に欠かせない作物として栽培され続けています。

 米は精白したものを主にそのまま炊飯して食べますが(最近は米を粉にして、パンや麺などに加工されることもあります)、パンコムギは製粉して小麦粉としてからパンやピッツァ、うどん、ケーキなど様々に加工して食べます。コムギ粒は外皮(15%)、胚芽(2%)、胚乳(83%)の3つの部分からできています。コムギを挽砕(バンサイ)し、篩(フルイ)にかけて外皮と胚芽を取り除くと胚乳の粉すなわち小麦粉が得られます。挽砕後に篩にかけないで外皮と胚芽と胚乳の全てを含んだものが全粒粉です。表2-2から分かるように、コムギ玄穀にはタンパク質と食物繊維が玄米より多く含まれています。小麦粉にすると、玄米を精白米にしたときと同様に食物繊維(特に不溶性食物繊維)と脂質が大幅に減少します。

 製粉して得られる外皮と胚芽の部分は小麦ふすま(あるいは単にふすま)とよばれます(実際には胚乳の一部も含まれます)。小麦ふすまには食物繊維が4045%と非常に多く含まれています(製粉会社の資料より)。ふすまから胚芽を分離することはできますが、収量は悪いようです。小麦胚芽にはビタミンやミネラルが豊富に含まれており、健康食品や栄養補助食品などとして利用されます。また、胚芽には12%ほどの脂質が含まれている(表2-2)ので、これから小麦胚芽油が得られ、食品や化粧品などとして利用されています。

 小麦にはグルテニンとグリアジンというタンパク質が含まれており、小麦粉に水を加えてこねるとこれらが会合してグルテンという粘着性タンパク質が形成され、粘りと弾力性が出てきます。したがって小麦粉に最初からグルテンが含まれているわけではありませんが、便宜的にグルテニンとグリアジンをグルテンとよんでいます。グルテンは小麦に特有のもので他の穀物には含まれていません。小麦粉は一般的に強力粉、中力粉、薄力粉の3つに分類されますが、これは小麦の種類によります。硬質小麦、中間質小麦、軟質小麦とよばれるものがあり、これらはグルテンの量と質が異なります。グルテンの量が多く、質が強い硬質小麦から作られるものが強力粉であり、グルテンの量が少なく、質が弱い軟質小麦から作られるものが薄力粉ということになります(表2-2のタンパク質含量を参照)。中力粉はその中間で中間質小麦から作られます。一般的に強力粉はパンや餃子の皮、ピッツァなど、中力粉はうどんなど、薄力粉はケーキやお菓子、天ぷらなどの料理に適しているといわれています。

 スパゲティやマカロニ用には、柔軟で弾力性の強いグルテンを豊富に含むデュラムコムギが使われています。デュラムコムギは超硬質のため粉状にするのが困難であり、セモリナ(胚乳の塊で、粗挽き粉のこと)の状態でパスタ製造に用いられます。デュラムdurumのデュールdurとはラテン語で「硬い」という意味があります。普通の小麦粉はセモリナをさらに細かく粉砕して作られる「上がり粉」とよばれるものです。デュラムセモリナは普通小麦粉より黄色みが強いのが特徴ですが、これはカロテノイド色素によります。2016年に農研機構と日本製粉の共同研究により、日本初のデュラムコムギの新品種「セトデュール」が開発されました。名前は瀬戸内地域が栽培適地であるデュラムコムギという意味を込めて命名されたようです。

 小麦粉から作る食品に麩(フ)というものがあります。作り方は簡単で、小麦粉に食塩水を加えてよく練ると粘りが出てくるので、これを布の袋に入れて水中でよく揉んでデンプンを袋から流出させるとグルテンが残ります。このグルテンを様々に加工して、生麩や乾燥麩、揚げ麩、焼き麩が作られます。麩はタンパク質含量の高い食品です(焼き麩で約30%)。

 小麦はアレルギーを引き起こすことが知られていますが、これについては本章末尾の「食物アレルギー」を参照して下さい。

パンの作り方

 パン酵母はビール、ワイン、日本酒などの醸造に用いられる酵母と同じです。パンを作る際には砂糖(ショ糖)を必ず添加します。酵母は小麦粉のデンプンを分解できないので、酵母が利用できるショ糖を加えてアルコール発酵させ、生ずる二酸化炭素でパン生地を膨らませます。エタノールも産生されるので、発酵直後のパン生地には仄かなアルコールの匂いがします。

トウモロコシ

 トウモロコシ(米名:corn、英名:maize、学名:Zea mays subsp. mays)は世界で最も多く生産されている穀物です(表2-1)。トウモロコシは紀元前7,000年頃にメキシコ南部のバルサス川中流域において、テオシントteosinteの1つの種から栽培化されたと考えられています。テオシントとはメキシコからパナマ地峡にかけてのメソアメリカ(「メソ」とは「中央の」という意味です)に自生し、イネ科トウモロコシ属(Zea)に分類されるZ. maysZ. diploperennisZ. perennisZ. luxuriansなどの野生植物の総称です。このうちのZ. maysには3つの野生亜種subsp. parviglumissubsp. hueheutenangensissubsp. mexicanaがあり、トウモロコシの野生祖先種はZ. mays subsp. parviglumisであることが明らかにされています。学名から分かるように、トウモロコシはZ. mays種の一亜種であるので、他の亜種との間で交雑が可能です。

 初期のトウモロコシは穂軸の長さが2cmほどと小さく、穀粒も50粒ほどであったため生産性は低かったようですが、数千年にわたる品種改良により現在のように大きくなり、生産性が高まりました。メキシコのオアハカ州にあるギラ・ナキツ岩陰遺跡から紀元前4,000年頃の最古のトウモロコシの遺存体が見つかっています。トウモロコシ栽培はテオティワカン文明やマヤ文明、アステカ文明などのメソアメリカ文明を生み出す原動力になりました。また、南米アンデスのインカ帝国においても、トウモロコシはジャガイモとともに主要な食糧になっていました。ペルーやボリビアなどではトウモロコシを発酵して造るチチャというお酒が愛飲されています。このお酒は日本のお米で造る濁酒(ドブロク)に似たものです。

 1492年にクリストファー・コロンブスが西インド諸島のサンサルバドル島やキューバ島に到達し、翌1493年にスペインに帰る時、島で栽培されていたトウモロコシを持ち帰りました。その後、トウモロコシはスペインからヨーロッパ全域や北アフリカ、アジアに伝わり、日本には1579年にポルトガル人により長崎に伝えられたといわれています。

 現在トウモロコシには以下の7品種があります。

  ・デントコーン

  ・フリントコーン

  ・ポップコーン(スナック菓子ポップコーンの原料)

  ・スイートコーン

  ・フラワーコーン

  ・ワキシーコーン

  ・ポッドコーン

 スイートコーンはショ糖含量が多く(8〜10g/100g FWFW: fresh weight 新鮮重)、デンプン含量が少ない(2〜4g/100g FW)ので、名前のとおり甘く感じます。スイートコーンは茹でたり、焼いたりして食べられる人気の品種です。普通のトウモロコシはデンプン含量が多く(約19g/100g FW)、ショ糖含量が少ない(約1g/100g FW)ので、甘さはほとんど感じません。ワキシーコーンはモチ米と同様に、デンプンにアミロースを含まずアミロペクチンのみを含むため、モチ性で粘りがあります。

 トウモロコシは世界三大穀物の1つですが、利用割合は家畜の飼料用が64%と最も多く、次いでコーンスターチ(トウモロコシデンプンのことです)やコーン油などを製造する工業用が32%を占め、実際に人が直接食べているのは4%程度です。ただし、主食用トウモロコシと飼料用・工業用トウモロコシとは品種が異なります。乾燥トウモロコシ(玄穀)の脂質含量は5.0%であり、米やコムギより高いのが特徴です(表2-2)。コーン油はコーンスターチを製造する過程で分離される胚芽(これには種子の脂質の85%が含まれています)から圧搾して得られます(4章植物油を参照して下さい)。1章植物「植物の色」で説明した黄色のカロテノイド色素ゼアキサンチンzeaxanthinはトウモロコシに多く含まれており、その名はトウモロコシ属Zeaに由来します。

 現在トウモロコシを主食としているのはメキシコやアフリカ東部から南部にかけての地域であり、メキシコではトルティーヤ、アフリカではサザやウガリといった食品として食べられています。トウモロコシを主食にすると、ビタミンの一種であるナイアシン(ニコチン酸ともいいます)が欠乏し、「ペラグラ」という病気に罹りやすいといわれています。これはトウモロコシに含まれている結合性ナイアシンが消化吸収されにくいことと、トウモロコシは人の体内で合成できない必須アミノ酸の1つトリプトファンが少ないため、このアミノ酸から合成されるナイアシンが欠乏することによると考えられます。トウモロコシを主食とする地域では乾燥した種子を、石灰を加えた水で煮てアルカリ処理してから加工して食べていますが、この処理によりナイアシンが消化吸収されやすい形になるためペラグラを防ぐことができると考えられています。

オオムギ

 世界三大穀物に次いで4番目に多く生産されているものがイネ科オオムギ属(Hordeum)のオオムギ(大麦、英名:barley、学名:Hordeum vulgare subsp. vulgare)です(表2-1)。紀元前8,000年頃、西アジアの南レバント(イスラエル)と北レバント(北西シリアから南東トルコ)において別々に野生オオムギ(英名:wild barley、学名:Hordeum vulgare subsp. spontaneum)から栽培化されたと考えられています。野生オオムギと栽培オオムギは同じ種の亜種であり、両者は交配が可能で、雑種も容易に得られています。

 栽培オオムギには二条オオムギと六条オオムギがあります。オオムギは基本的には穂軸の周りに6列の小穂(ショウスイ)が付くような構造をしています。二条オオムギは6列のうち2列だけが結実し、六条オオムギは6列すべてが結実します。野生オオムギは二条性を示すので、野生オオムギの栽培化により二条オオムギが先ず誕生し、さらに二条オオムギが変異して六条オオムギが生まれたと考えられています。六条オオムギは二条オオムギより小さいのですが、収穫量が多いので栽培の主役になりました。

 野生オオムギと二条オオムギは種子の殻(内穎と外穎からなる穀皮)が硬く、剥がれにくい難脱穀性で、カワムギ(皮麦、英名:hulled barley)とよばれます。六条オオムギも初期の頃は難脱穀性でしたが、紀元前6,000年頃に変異により易脱穀性のハダカムギ(裸麦、英名:hulless or naked barley)が誕生し、世界各地に伝播しました。日本には弥生時代に中国から六条ハダカムギが伝来したと推定されています。

 現在、日本で栽培されている主な六条ならびに二条オオムギのカワムギ品種とハダカムギ品種を表2-4に示します。二条オオムギ(カワムギ)はビールオオムギmalting barleyともよばれ、ビールの原材料として重要な地位を占めています。日本には明治時代に、ビール醸造用にヨーロッパから導入されました。ビールの製造工程上、穀皮が付いたカワムギの方が望ましいとされています。二条オオムギにはハダカムギは存在していなかったのですが、2008年に農研機構において二条ハダカムギが日本で初めて開発され、「ユメサキボシ」と命名されました。その後表2-4に示すような二条ハダカムギの品種が続々と開発されています。

 すでに述べたように、オオムギは穂への実の付き方(条性)から二条種と六条種に分かれ、穀皮の脱穀性からカワムギとハダカムギに分かれます。更に、オオムギには米と同様にウルチ性のもの(ウルチムギ)とモチ性のもの(モチムギ)があります。ウルチムギはデンプンに占めるアミロースの割合、すなわちアミロース含量が2329%程度の品種のことです。一方、モチムギはアミロース含量が約10%以下の品種の総称です。ウルチムギは粘りが少なく、プチプチした食感があり、モチムギは粘りが強く、モチモチした食感が特徴です。代表的なモチムギには六条カワムギの「はねうまもち」や「ホワイトファイバー」、六条ハダカムギの「ダイシモチ」、二条ハダカムギの「キラリモチ」や「ワキシーファイバー」などがあります。これらのモチムギのアミロース含量を代表的なウルチムギとともに表2-5に示します。「ホワイトファイバー」や「ダイシモチ」のアミロース含量は3〜5%程度ありますが、「はねうまもち」、「キラリモチ」、「ワキシーファイバー」はアミロースフリーです。

 オオムギの大きな特徴として、食物繊維とくに水溶性食物繊維を多く含む(約6%)ことがあげられます(表2-2)。水溶性食物繊維にβ-グルカンというグルコースの多糖があります。デンプンもグルコースの多糖ですが、これはα-グルカンの仲間で、β-グルカンとは構造が異なります。β-グルカンはオオムギの胚乳部分に多く含まれており、表2-5に示すように「イチバンボシ」や「マンネンボシ」などの通常品種には4〜5%程度含まれています(コムギ全粒粉のβ-グルカン含量は0.2%、玄米は0.1%程度です)。これに対して、比較的β-グルカン含量の高い(6〜8%程度)品種として、「はねうまもち」や「ダイシモチ」、「ホワイトファイバー」、「キラリモチ」などがあります(表2-5)。近年、更にβ-グルカン含量の高い(1011%程度)品種として、「ビューファイバー」や「ワキシーファイバー」が開発されています(表2-5)。当然のことながら、これらの高β-グルカン品種の総食物繊維量は多く、「ビューファイバー」には21.5%、「ワキシーファイバー」には23.5%含まれています。β-グルカンの機能性については、後述する「食物繊維」を参照して下さい。

 上述したように二条カワムギはビール醸造用に主として利用されています。その他のオオムギは麦飯や麦味噌、麦茶用に利用されたり、粉砕・製粉したオオムギ粉をパンやケーキ、お菓子、麺類、カレー粉などの原料として利用されたりしています。押し麦は穀粒を搗精後、蒸気で加熱しローラーで平らに加工したもので、麦飯として食べられます。

表2-4 オオムギの品種
表2-5 ウルチ性・モチ性オオムギ品種のアミロース含量とβ-グルカン含量

モロコシ

 モロコシ(英名:sorghum、学名:Sorghum bicolor)は30種ほどあるイネ科モロコシ属(Sorghum)の一種です。熱帯アフリカのスーダンやエチオピアが原産地で、紀元前3,000年頃から栽培されています。栽培種は古代エジプトやメソポタミア、インド、中国などに伝わりました。日本には15世紀頃、中国を経由して伝来したといわれており、タカキビ(高黍)あるいはコーリャン(高粱)、英名のソルガムともよばれています。

 乾燥に強く、イネやコムギなどが育たない地域でも栽培でき、世界の生産量はオオムギに次いで5番目に多くなっています(表2-1)。インドやアフリカ諸国(ナイジェリア、スーダン、エチオピア、ブルキナファソ、ニジェール、タンザニアなど)では主に食糧用として、アメリカやメキシコ、オーストラリア、アルゼンチンなどでは主に家畜の飼料用に生産されています。渋みの原因となるタンニンが含まれているため食べにくく、人気はいまひとつのようです。種子の色はアントシアニンにより黒や茶、赤、黄など様々あります。

 中国で愛飲されている茅台(マオタイ)酒はモロコシを原料として造られる蒸留酒です。

 アメリカで品種改良により、種皮に色素がなく、タンニンをほとんど含まないホワイトソルガムwhite sorghumが作られました。ホワイトソルガムはグルテンを含まないので、コムギアレルギーのヒトでも摂取することができ、料理や菓子などにコムギの代替として利用されます。

 スイートソルガムsweet sorghum(別名:ソルゴーsorgo)は茎にサトウキビ(7章甘味料「砂糖」を参照)に匹敵する1017%程度の糖分を含むソルガムの品種の一般的呼称です。茎の搾汁液はバイオ燃料としてのエタノールや甘味料としてのシロップの製造などに使われています(7章甘味料「シロップ④ソルガムシロップ」を参照)。

エンバク

 エンバク(燕麦、英名:oat、学名:Avena sativa)はイネ科カラスムギ属(Avena)の植物で、野生のカラスムギ(Avena fatus)を栽培化したものです。原産地は地中海沿岸から肥沃な三日月地帯、中央アジアにかけてであり、かつては主要作物(一次作物)のコムギやオオムギに伴う雑草であったものが進化して栽培化されるようになりました(これを二次作物といいます)。紀元前3,000年頃に中央ヨーロッパで栽培されるようになったと考えられています。ロシアやカナダ、ポーランド、フィンランド、オーストラリアなどが主要な生産国です。

 エンバクはオートムギ(あるいはオーツムギ)ともよばれ、主に精白しないで全粒穀物を粗挽きあるいは圧扁(アッペン)したものがオートミールとして食べられています。オートミールにはコムギと比べてタンパク質(13.7%)や脂質(5.7%)、水溶性食物繊維(3.2%)が多く含まれており(表2-2)、健康食品として根強い人気があります。

ライムギ

 イネ科ライムギ属(Secale)のライムギ(英名:rye、学名:Secale sereale)は耐寒性に優れ、ドイツやロシア、ポーランドなど寒冷な地域で栽培されています。原産地はアナトリア(トルコ)からコーカサスのあたりであり、エンバクと同じように二次作物として進化しました。非脱落性を獲得し、紀元前3,000年頃に北欧で栽培化されたと考えられています。

 ライムギはエンバクと同じように水溶性食物繊維(3.2%)を多く含みます(表2-2)。

 ライムギにはグルテンを形成するグルテニンは含まれていませんが、グリアジンは含まれているためパンを作ることができます。ライムギパンは黒っぽい色をしていることから「黒パン」ともよばれています。ライムギはパンとしての利用以外に、ロシアではウォッカ、アメリカではウイスキーの原料としても利用されています。

アワ・キビ・ヒエ

 アワ(粟)、キビ(黍)、ヒエ(稗)は、日本では古くから栽培されているイネ科植物であり、「古事記」の五穀(米、麦、粟、大豆、小豆)や「日本書紀」の五穀(米、麦、粟、稗、豆)にも登場しています。日本のおとぎ話「桃太郎」には黍団子が出てきますね。現代においては五穀というと米、麦、粟、豆、稗または黍を指すことが多いようです。

 ヒエ(英名:Japanese barnyard millet、学名:Echinochloa esculenta)はヒエ属(Echinochloa)のイヌビエ(Echinochloa crus-galli)を野生種とし、縄文時代前期頃から北海道や東北地方を中心に栽培が行なわれており(「縄文ヒエ」とよばれています)、日本列島で独自に栽培化された可能性が高いと考えられています。ヒエは明治時代まで東北地方や関東地方で主要な穀物として栽培されていました。

 アワ(英名:foxtail millet、学名:Setaria italica)は東アジア原産で、エノコログサ属(Setaria)のエノコログサ(Setaria viridis)が原種といわれています。キビ属(Panicum)のキビ(英名:proso millet、学名:Panicum miliaceum)はインドが原産と推定されていますが、野生種はまだ見つかっていないようです。紀元前7,0006,000年頃には、中国の黄河中流域でアワやキビの栽培化が行なわれ、黄河文明はアワやキビなどの畑作農業を礎として興ったと考えられています。アワやキビは中国で栽培化されたものが、弥生時代早期以降に水田稲作とともに日本に伝来したと考えられています。エノコログサは現在日本のいたるところに生えていますが、これはアワとともに大陸から渡来し、定着したものと思われます。

 現代ではアワ、キビ、ヒエなどは雑穀と称され、米と小麦に主食の座を奪われていますが、これら雑穀の精白粒には精白米よりタンパク質(9〜11%)と食物繊維(2〜4%)が多く含まれており(表2-2)、白米にこれらを加えた雑穀米が飽食の時代の人気食となっています。

擬穀類

 擬穀類のアマランサスやキヌア、ソバは1章植物「植物の色」で説明したベタレインという色素を含むナデシコ目の植物の種子です。

①アマランサス

 アマランサス(別名:アマランス)はヒユ科ヒユ属(Amaranthus:アマランサス属ともいう)の植物の総称であり、中南米に広く分布しています。アマランサスはメキシコにおいて紀元前4,000年頃から栽培化されていたようです。スペイン人のアメリカ大陸到達以降、トウモロコシなど中南米原産の種々の作物とともにヨーロッパやアジアに伝わりました。非常に多くの種(約50種)があり、穀物用や野菜用、観賞用に分けられます。穀物用としては、センニンコク(メキシコ原産、学名:A. hypochondriacus)やスギモリゲイトウ(グアテマラ原産、A. cruentus)、ヒモゲイトウ(ペルー原産、A. caudatus)などが主に栽培されています。中国、アメリカ、メキシコ、ペルー、ロシア、チェコ、インド、ネパールなど多くの国で栽培されていますが、生産量についてのデータはないようです。

 アマランサス玄穀は玄米の2倍程多いタンパク質(12.7%)や脂質(6.0%)、総食物繊維(7.4%)を含み(表2-2)、健康栄養食品として見直されています。アマランサスにはウルチ種、低アミロース種、モチ種が存在し、これらの品種のデンプン含量は6164%ですが、アミロース含量はウルチ種で10.123.6%、低アミロース種で2.24.5%、モチ種で0%であると報告されています。

②キヌア

 キヌア(別名:キノア、英名:quinoa、学名:Chenopodium quinoa)はヒユ科アカザ属(Chenopodium)の1つの種で、南米ペルーやボリビアが原産です。チチカカ湖沿岸地域において紀元前2,000年〜1,000年頃栽培化され、トウモロコシやインゲンマメと同様にインカ文明の重要な作物でした。2014年における世界のキヌア生産量は約19万トンと報告されており、そのほとんどがペルーとボリビアで生産されています。キヌア玄穀にはアマランサスと同様にタンパク質(14.6%)や脂質(5.6%)、総食物繊維(13.4%)が豊富に含まれており、栄養価の高い健康食品として注目されています。

③ソバ

 ソバはタデ科ソバ属(Fagopyrum)の植物の種子であり、主に普通ソバ(和ソバ)(英名:common buckwheat、学名:Fagopyrum esculentum)とダッタンソバ(英名:Tartary buckwheat、学名:Fagopyrum tataricum)の2種が知られています。普通ソバの野生祖先種は中国南部に見出されており、ダッタンソバに近縁な野生種シャクチリソバはパキスタンからインド、中国南西部の山岳地帯に分布しています。普通ソバは冷涼な気候を好みますが、ダッタンソバは普通ソバが育たないような寒冷な気候でもよく育ちます。北海道などの縄文時代後期の遺跡からソバ栽培の証拠が見つかっており、日本人に馴染みの深いソバは縄文時代から食べられていたことが窺えます。

 ソバ粉を麺状に加工した蕎麦は代表的な日本料理の1つです。ソバ粉は日本以外でも韓国や中国などで麺の原材料として用いられています。また、フランスではガレット、イタリアではピッツォッケリ、スロベニアではシュトゥルクリなどの料理としてソバ粉が利用されていますし、ロシアや東欧ではソバの穀粒あるいは挽き割りがカーシャとよばれるお粥として食べられています。2016年における世界のソバ生産量は約240万トンと報告されており、ロシアや中国、ウクライナ、フランス、ポーランドなどが主要生産国です。日本では毎年約3万トンが生産されています。

 ソバ粉にはタンパク質が多く(約12%)含まれているほか(表2-2)、ビタミンB1とルチンも豊富に含まれています。ルチンは1章植物「植物の色」で述べたように植物色素フラボノールの一種クェルセチンにルチノース(グルコースとラムノースからなる二糖)が結合した配糖体であり、抗酸化作用や抗炎症作用、抗糖尿病作用、抗高血圧作用、毛細血管強化作用など様々な薬理作用が認められています。ダッタンソバには普通ソバより約100倍も多いルチンが含まれている(ダッタンソバ粉のルチン含量:1〜2%)ので、健康食品として注目されています。

 ルチンはルチノシダーゼという酵素により加水分解され、クェルセチンという苦み物質とルチノースが生成します。ルチンとルチノシダーゼを多く含むダッタンソバ粉に水を加えて調理すると、数分のうちにルチンが分解されてクェルセチンが大量にできるので、ダッタンソバは「苦ソバ」とよばれ敬遠されがちです。2012年に農研機構北海道農業研究センターにおいてルチンを多く含むが、ルチノシダーゼ活性が極めて弱いため苦みが弱いダッタンソバの新品種「満天キラリ」が開発され、脚光を浴びています。

 ソバはアレルギーを引き起こすことが知られていますが、これについては本章末尾の「食物アレルギー」を参照して下さい。

食物繊維

 ここで食物繊維dietary fiberについて少し詳しく説明したいと思います。食物繊維とは、ヒトの消化酵素により消化されない、食物に含まれている難消化性成分の総称です。化学的には糖質(炭水化物、古くは含水炭素ともいう)のうちの多糖であり、非デンプン性多糖とよばれることもあります。

 食物繊維は水溶性と不溶性に大きく分けられます。水溶性食物繊維の代表的なものには、穀類に含まれるβ-グルカン、キクイモやゴボウ、ニンニク、ラッキョウ、リュウゼツラン(別名:アガベ)などに含まれるフルクタン(フルクトースからなるホモ多糖のことです)、果物に含まれるペクチン、海藻に含まれるアルギン酸やフコイダン(10章水産物「海藻」を参照)などがあります。不溶性食物繊維の代表的なものには、植物の細胞壁を構成するセルロースやヘミセルロース、リグニン、甲殻類の外骨格を構成するキチン(10章水産物「キチン・キトサン」を参照)などがあります。

 「精米」と「コムギ粉」のところで述べたように、米糠やコムギふすまには不溶性食物繊維が豊富に含まれているので、これらをパンやケーキ、クッキー、ハンバーグなどの材料として利用することにより、便秘や大腸がんの予防効果が期待できます。

 オオムギやオートミール、ライムギには水溶性食物繊維のβ-グルカンが多く含まれており、これらの穀物を摂取することにより血清コレステロールの低下、食後の血糖上昇の抑制、内臓脂肪の低減などの効果が認められています。表2-5に示したように、オオムギにはβ-グルカンが豊富に含まれ(特に「ビューファイバー」や「ワキシーファイバー」という品種には10%以上のβ-グルカンが含まれています)、オオムギβ-グルカンを機能性関与成分とする多数の機能性表示食品が販売されています。機能性表示食品については後述する「保健機能食品」を参照して下さい。朝食にオオムギを摂取すると食後血糖値の上昇が抑えられますが、昼食にオオムギを含まない食餌を摂っても、食後の血糖値上昇が引き続き抑制されることが見出されており、このような持続作用を「セカンドミール効果」とよびます。

 厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」によると、18歳〜69歳の食物繊維の目標量は男性で20g/日以上、女性で18g/日以上とされています。しかしながら、現在の日本人男女の1日の平均摂取量は約14gであり、目標量をかなり下回っています。年を取ると腸から老化するといわれます。高齢化社会において、腸の健康を守るために、積極的に食物繊維を摂取するよう心がけましょう。また、メタボリックシンドロームに陥らないためにも食物繊維を毎日摂取して、健康を維持しましょう。

保健機能食品

 上述したオオムギβ-グルカンや大豆オリゴ糖(3章豆類「ダイズ」を参照)、各種植物色素(ルテイン、ゼアキサンチン、アントシアニンなど)、甲殻類由来のキトサン(10章水産物「キチン・キトサン」を参照)、褐藻類由来の低分子化アルギン酸ナトリウム(10章水産物「海藻」を参照)などは機能性物質とよばれています。これらの機能性物質を含む食品が保健機能食品として販売されています。保健機能食品には「特定保健用食品」、「栄養機能食品」、「機能性表示食品」の3つがあり、消費者庁のホームページには次のように説明されています。

 特定保健用食品(いわゆるトクホ)とは、健康の維持増進に役立つことが科学的根拠に基づいて認められ、「コレステロールの吸収を抑える」などの表示が許可されている食品です。表示されている効果や安全性については国が審査を行い、食品ごとに消費者庁長官が許可しています。

 栄養機能食品とは、1日に必要な栄養成分(ビタミンとミネラル)が不足しがちな場合、その補給・補完のために利用できる食品です。すでに科学的根拠が確認された栄養成分を一定の基準含む食品であれば、特に届出などをしなくても、国が定めた表現によって機能性を表示することができます。

 機能性表示食品とは、事業者の責任において科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品です。販売前に安全性および機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られたものです。ただし、特定保健用食品とは異なり、消費者庁長官の個別の許可をうけたものではありません。

 以上3つの保健機能食品に関する情報は消費者庁のホームページから得ることができます。

食物アレルギー

 食べ物を摂取することにより、皮膚のかゆみや蕁麻疹、目の充血やかゆみ、吐き気、嘔吐下痢、くしゃみ、鼻水、咳、呼吸困難、意識障害、血圧低下、アナフィラキシーなどのアレルギー反応を引き起こすことがあり、これを食物アレルギーといいます。アナフィラキシーはアレルギー症状が1つの臓器にとどまらず、皮膚や消化器、呼吸器、循環器、神経系など多くの臓器に強い症状が現れることをいいます。血圧が低下し、意識障害などのショック症状を伴うアナフィラキシーショックは、命の危険に陥ることがあるので、早期に病院で適切な処置を受ける必要があります。

 食後1時間以内に症状がでる即時型食物アレルギーの患者さんでは、0歳児が全体の約1/3を占めて最も多く、1歳児までが約50%、4歳児までだと約70%を占めるといわれています。乳幼児に食物アレルギーが多いのは、まだ成長途上のため消化機能が未熟であり、アレルギー物質であるタンパク質を十分消化できないことが原因であると考えられています。

 食物アレルギーの患者さんがアレルギーを発症しないためには、アレルギー物質を含まない食品を摂取することが非常に重要です。そのためには加工食品へのアレルギー物質の表示が必要です。消費者庁により容器包装された加工食品への表示が義務付けられているアレルギー物質としては、①卵(鶏卵、ウズラ卵、アヒル卵)、②乳、③小麦、④ソバ、⑤ラッカセイ、⑥エビ、⑦カニの特定原材料7品目があります。この他に、特定原材料に準ずるものとして表示が勧められているものは、①アワビ、②イカ、③イクラ、④サバ、⑤サケ、⑥豚肉、⑦牛肉、⑧鶏肉、⑨ゼラチン、⑩オレンジ、⑪キウイフルーツ、⑫モモ、⑬リンゴ、⑭バナナ、⑮ダイズ、⑯ゴマ、⑰カシューナッツ、⑱クルミ、⑲マツタケ、⑳ヤマイモの20品目です。

 本章で述べた小麦とソバは食物アレルギーの特定原材料です。小麦粉ではグルテニンとグリアジンというタンパク質がコムギアレルギーを引き起こす原因物質であることが突き止められています。ソバアレルギーはソバに含まれている13Sグロブリン(Fag e 1とよばれています)や2Sアルブミン(Fag e 2)などにより引き起こされることが明らかになっています。Fag eとはソバの学名Fagopyrum esculentumに由来します。

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