枕石漱流

8章 嗜好飲料

目次

はじめに/ 茶①緑茶の歴史②紅茶の歴史③茶の産地④茶の成分⑤紅茶の水色⑥ウーロン茶/ コーヒー①コーヒーの歴史②アラビカ種とロブスタ種の違い③コーヒー豆の産地④コーヒーの成分/ ココア①ココアとチョコレートの歴史②カカオ豆の産地③ココアの成分/ 参考文献

はじめに

 嗜好飲料には茶、コーヒー、ココア、酒(アルコール飲料)などがあります。本章では世界三大嗜好飲料といわれている茶、コーヒー、ココアについて解説していきます。

 チャノキ(茶の木、英名:tea plant、学名:Camellia sinensis)はツツジ目ツバキ科ツバキ属(Camellia)の常緑樹で、中国南西部の雲南省が原産地と考えられています。葉や茎から抽出した茶teaを飲料として利用します。チャノキは最初チャ属(Thea)に分類され、Thea sinensisと名付けられましたが(sinensisは中国という意味です)、1970年代にチャ属はツバキ属に統合され、現在の学名になりました。ツバキ科はTheaceaeといいますが、これはかつてこの科にあったThea属に由来します。現在栽培されているチャノキには中国種(C. sinensis var. sinensis)とアッサム種(C. sinensis var. assamica)の2つの変種があります。アッサム種は1823年にイギリスの茶樹農家ロバート・ブルースによりインドのアッサム地方で発見されました。中国種とアッサム種の間では交配が可能で、アッサム雑種というものが作られています。中国種は葉が比較的小さく小葉種とよばれ、アッサム種は葉が比較的大きく大葉種とよばれます。

 茶は加工方法により大きく緑茶と紅茶に分けられます。緑茶は茶葉を摘採後、茶葉に含まれている酵素による酸化発酵が始まらないように速やかに加熱処理することにより造られます。加熱処理の仕方は中国式の釜炒り法と日本式の蒸し法があります。葉緑素のクロロフィルは熱に安定なので加熱処理しても葉の緑色は残り、緑茶になるのです。紅茶は後述するように発酵過程を経て造られます。

①緑茶の歴史

 中国では古くから茶が飲まれていたようですが、その時期は特定されていません。紀元前1世紀の前漢の時代には「荼(ト)」という字が茶を指す文字として使われていたようです。唐の時代の760年前後に陸羽が「茶経」を著しており、それ以降に「茶」という字が使われるようになったといわれています。茶が中国から日本に伝わった時期ははっきりしませんが、平安時代初期の805年に唐から帰国した最澄が茶の種子を持ち帰ったのが最初だといわれています。

②紅茶の歴史

 中国では16世紀中頃の明の時代に「茶葉を摘採後、竹篭に均一に広げ、棚にさして風と日光に晒し、葉色の青みが薄くなった頃、釜で炒る」という日晒し製法が用いられるようになり、黒色紅湯(茶葉の色が黒く、水色が紅色)の茶(すなわち紅茶)が造られるようになったようです。茶葉を摘採後、日光に晒している間に酵素による発酵がおこり紅茶が誕生したのです。日本語の紅茶は水色が紅色であることに由来し、英語で紅茶はblack teaといいますが、これは発酵した茶葉の色が黒いことに由来します。中国では紅茶は烏茶(ウダ)ともよばれますが、これも茶葉が烏の羽のように黒いことに因ります。

 17世紀初め頃にオランダの東インド会社により日本茶や中国茶がヨーロッパに初めてもたらされました。当時のヨーロッパで飲まれていたのは緑茶だったようです。その後イギリスの貿易商も中国福建省の厦門(アモイ)から茶を輸入するようになりました。アモイでは茶をタあるいはテイーと発音していたことから、英語のteaという言葉が生まれたといわれています。17世紀末から18世紀中葉までイギリスにはボヒー茶Boheaという紅茶が主に輸入されていました。Boheaは福建省の武夷(ウーイー)で山地部族により造られた黒色紅湯の茶ですが、古くは武夷をブイと発音していたため、イギリスの茶商がBoheaと名付けたといわれています。

 中国紅茶の製造法はその後改良が重ねられ、19世紀後期の中国の文献には「茶生葉を日光に晒して萎凋(イチョウ)した葉を積み上げ、足で揉み茶汁を絞り出したあと、再度日光に晒し、再び手で良く揉み、その後茶葉を布袋に入れて圧縮密閉し、茶葉からの発熱を利用して数時間加温して、茶葉が銅褐色に変じ、しっとりと汗ばんだら再び日光の下に広げて干し、その後釜で乾燥して茶とする。」と書かれていますが、実際にはこの発酵方法による紅茶製造は19世紀初頭には始まっていたと考えられています。萎凋とは茶葉を放置して水分を飛ばすとともに、酸化発酵を行わせることです。中国紅茶製造法がイギリスに伝わり、1823年にインドのアッサムで発見されたアッサム種の茶葉を用いて紅茶が製造され、1839年にイギリスに初めて輸出されたと伝えられています。

③茶の産地

 2017年の世界の茶の生産量は約581万トンで、主な生産地は中国(シェア:42.6%)、インド(22.8%)、ケニア(7.6%)、スリランカ(6.0%)、ベトナム(4.5%)、トルコ(4.0%)などです。世界全体では紅茶の割合が約7割で、緑茶が約3割ですが、中国や日本では緑茶が高い割合を占めています(中国:約66%、日本:ほぼ100%)。

 日本では約8.2万トン生産され、主要な産地は静岡県(シェア:37.6%)、鹿児島県(32.4%)、三重県(7.5%)、宮崎県(4.6%)、京都府(3.9%)などです。

④茶の成分

 茶葉にはカテキンcatechinという無色の渋味成分が含まれており、これはフラボノイドの一種フラバノールの仲間です(ソバのルチンが属するフラボノールとは違いますので区別して覚えましょう)。カテキンは1821年にドイツの化学者フリードリープ・フェルディナント・ルンゲ(後述するコーヒー豆からのカフェイン発見者)によりマメ目マメ科アカシア属(Acacia)のペグノキ(学名:Acacia catechu)の木髄から採れるカテキューcatechu(和名:ペグ阿仙薬)から初めて単離され、エーゼルベックによりcatechuに因んで命名されました。茶カテキンにはエピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレートの4種がありますが、これらは1929年から1955年にかけて日本で最初の農学博士辻村みちよにより分離され、化学構造が決定されました。

 余談ですが、カテコールcatecholという物質もカテキューから発見されたためそのように命名されました。ドーパミンやノルアドレナリン、アドレナリンなどのカテコールアミン、カテキン、ウルシオール(漆の主成分)などはカテコール核をもつ化合物です。

 発酵茶である紅茶には特徴的な香気成分として、3-ヘキセノール(青葉アルコール)、ゲラニオール、ベンジルアルコール、2-フェニルエタノール、リナロール、リナロールオキシド、サリチル酸メチルなどが含まれています。これらの物質は摘採後の茶生葉には配糖体として、すなわち香気前駆体として存在しており、発酵過程においてグリコシダーゼによる酵素加水分解により生成すると考えられています。紅茶用大葉種であるアッサム種には緑茶用小葉種である中国種に比べてリナロールやリナロールオキシド、サリチル酸メチルの配糖体が多く含まれているのが特徴です。小葉種には3-ヘキセノール、ゲラニオール、ベンジルアルコールの配糖体が主成分として含まれていますが、茶葉は摘採後速やかに加熱処理され酵素が失活するため、香気成分には殆ど変換されません。

 テアニンtheanineは茶葉に含まれるアミノ酸の一種で、別名N-エチルグルタミンとよばれるグルタミン酸の誘導体です。1950年に京都府立農業試験場茶業研究所(現在の京都府農林水産技術センター農林センター茶業研究所宇治茶部)の酒戸弥二郎により玉露から発見され、チャノキの旧属名Theaに因んでtheanineと命名されました。乾燥茶葉に12%含まれ、茶の旨味成分の1つであり、特に上級なお茶に多く含まれるといわれています。

 茶にも後述するコーヒー豆から発見されたカフェインが含まれています。乾燥した茶葉に含まれているカフェイン量は緑茶で約2.3%、紅茶で約2.9%と報告されています。市販のお茶100mlに含まれているカフェイン量は、緑茶で11mg程度、紅茶で12mg程度です。

⑤紅茶の水色

 紅茶は上述したように茶葉を発酵して造られますが(微生物による発酵とは異なります)、このときカテキンがポリフェノールオキシダーゼ(PPO)という酸化酵素で酸化重合して紅茶特有の紅い色素が生まれます。この反応を褐変反応といいます(5章野菜「褐変反応」を参照)。中国種は比較的カテキンが少なく(乾物量の1317%)PPO活性も弱いため、一般に緑茶に向いており、アッサム種は比較的カテキンが多く(乾物量の2530%)PPO活性も強いため紅茶に向いているといわれています。

 カテキンがPPOにより酸化重合して作られるものにはテアフラビンやテアルビジンがあります。テアフラビンはカテキンが2分子重合したもので、鮮やかな橙色を呈します。一方、テアルビジンはテアフラビン同士が結合した特定の分子構造をもたない巨大な物質で、やや黒みを帯びた赤色を呈します。テアルビジンの方がテアフラビンより1030倍ほど多く含まれています(テアフラビン:0.351.38%、テアルビジン:7.5916.01%)。紅茶の水色の基本である赤色にはテアフラビンとテアルビジンの両者が寄与していますが、紅茶の品質はテアフラビンが多いほど、また、テアルビジン/テアフラビン比が低いほど良いといわれています。

 水の硬度は紅茶の水色や透明度、味に影響を及ぼします。紅茶の水色は、軟水を使うと紅色や琥珀色ですが、水の硬度が高くなるほど黒ずんでいきます。好みにもよりますが、紅茶には軟水が適しているようです。

⑥ウーロン茶

 中国には18世紀までウーロン茶(烏龍茶)なるものはありませんでしたが、19世紀になるとボヒー茶の生産が武夷から福建省泉州市の安渓に移り、そこで製造法の改良も進み、ウーロン茶に発展したといわれています。紅茶は茶葉を萎凋した後、揉捻(茶葉を揉むこと)することにより細胞組織を壊し、茶葉全体が赤褐色になる(褐変といいます)まで十分に酸化発酵(完全発酵)させ、最後に乾燥・加熱して造ります。これに対して、ウーロン茶は茶葉を萎凋後揉捻することなく、竹籠などに入れて揺らし、葉の周辺をこすり合わせて傷をつけることにより発酵を促進させ、葉の周辺が褐変し、中央部が緑色の半発酵状態になったら釜炒りして発酵を止めます。淹れたウーロン茶の水色は黄褐色です。

 ウーロン茶は半発酵させる過程でカテキンが重合して生成されるウーロン茶重合ポリフェノール(OTPP、分子量:約2,000)を含みます。このポリフェノールは膵リパーゼ(食餌脂肪を分解する消化酵素)を阻害する作用をもつため、腸管からの脂肪吸収を抑制し、食後の血中中性脂肪の上昇を抑えることが確認されています。OTPPを多く含む飲料水(サントリー黒烏龍茶など)は特定保健用食品として許可されています。また、OTPPには虫歯菌(Streptococcus mutans)が産生するグルコシルトランスフェラーゼを阻害し、虫歯菌のプラーク形成を抑制する作用があるため、抗う蝕作用があることが認められています。

コーヒー

 コーヒーノキcoffee tree or coffee plantはリンドウ目アカネ科コーヒーノキ属(Coffea)の植物の総称で、その果実(核果)の種子(コーヒー豆coffee bean)から抽出される飲料がコーヒーcoffeeです。熟した果実は赤い色や黄色を呈しており、コーヒーチェリーcoffee cherryあるいはコーヒーベリーcoffee berryとよばれています。果肉は甘酸っぱくて食べられますが、果肉層が薄いため食用には不向きです。通常、果実の中には内果皮からできるパーチメントparchmentとよばれる核に包まれた種子が向かい合わせに2つ入っていますが、種子の生長過程で1つが死んでしまった場合には残りの1つが丸い形になります。これはピーベリーあるいは丸豆とよばれ、どの樹にも数%の割合で見られるようです。パーチメントはムシラージmucilageとよばれるペクチン層(果肉の一部)に包まれています。収穫されたコーヒーの果実から果肉やパーチメントが除去されてコーヒー豆が得られます。この状態の豆は生豆(キマメあるいはナママメ)とよばれ、緑色をしています。生豆は焙煎されることにより、コーヒー特有の色と香りと味が生み出されます。通常、コーヒー豆は生豆の状態で生産地から消費国に輸出され、消費地で焙煎されますが、パーチメントが付いたままのコーヒー豆(パーチメントコーヒー)が輸出されることもあります。

 多くの野生種(現在125種あるといわれています)がアフリカ大陸の熱帯地域やマダガスカル島、マスカリン諸島、インド、東南アジアなどに分布しています。現在世界中で利用されているコーヒー豆のほとんどはエチオピア原産のアラビカ種(学名:Coffea arabica)と中央アフリカ原産のロブスタ種(学名:C. canephora var. robusta)から採取されています。世界で生産されるコーヒー豆の67割はアラビカ種で、34割はロブスタ種で占められています。

①コーヒーの歴史

 エチオピアでは野生のアラビカ種コーヒーノキの果実から得られるコーヒー生豆は古くから煮て食べられていたと考えられています。15世紀初めにエチオピアの紅海沿岸部からカフワqahwah(アラビア語)という飲み物がアラビアのイエメンに伝わり、スーフィーとよばれるイスラム神秘主義者の修行のための儀式で飲まれていました。カフワはカートという植物の葉から作るお茶だったといわれています。カート(和名:アラビアチャノキ、英名:katまたはkhat、学名:Catha edulis)はニシキギ目ニシキギ科アラビアチャノキ属(Catha)の常緑樹で、その葉にはカチノンという覚醒剤(アンフェタミン)に似た成分が含まれており、覚醒作用や多幸感、陶酔感をもたらします。しかしながら、カートの葉は鮮度が落ちるとこれらの効き目がなくなってしまいます。カートはイエメンの高地の山中でしか栽培することができないため、沿岸部の港町アデンでは鮮度の高いカートの葉を入手するのは困難でした。そこでカートの葉に替えて同様の効果(後述するカフェインに因る覚醒作用)があり保存の効くコーヒーの果実をエチオピアから入手し、カフワを作るようになりました。カートのカフワからコーヒーのカフワの誕生です。当初はコーヒーの果実を乾燥して得られる果肉とパーチメントがくっついた厚い殻の部分だけ(コーヒー豆は入っていません)を煮出したものと乾燥した果実(コーヒー豆も入っています)を丸ごと炙ってから煮出すものの2種類があり、前者はキシル(=殻)のカフワでキシリーヤ、後者はブン(=コーヒーの果実)のカフワでブンニーヤともよばれていたようです。コーヒーのカフワは15世紀後半にはイエメンからイスラムの聖地マッカやマディーナ(いずれも現在のサウジアラビアの都市)などに伝わり、1517年にはオスマン帝国(コンスタンティノープルすなわち現在のトルコのイスタンブールを首都とした大帝国)にも伝播しました。コーヒーのカフワが普及するにつれアラビカ種のコーヒーノキが15世紀にイエメンで栽培されるようになりました。後述するように17世紀にヨーロッパにカフワが広く伝わると、イエメンで収穫されたコーヒー豆はイエメンの小さな港モカMochaからヨーロッパに向け輸出されるようになりました。モカ港は17世紀まで世界のコーヒー豆輸出を独占していました。18世紀に入ると後述するインドネシアや中南米の新興産地に押されてモカ港は衰退していきました。しかしながら、モカの名は現在もコーヒーのブランド名として残っています。

 オスマン帝国の首都コンスタンティノープルまでは2種類のカフワが伝わりましたが、ヨーロッパにはキシルのカフワは伝わらず、ブンのカフワしかも現在のように炒ったコーヒー豆だけを使ったカフワが伝わったといわれています。もうお分かりのようにコーヒーという名称はアラビア語のカフワqahwahに由来します。コーヒーは16世紀末にはヴェネツィアに、17世紀に入るとオランダ(最初に伝播した年:1616年)やイギリス(1627年)、フランス(1644年)、オーストリア(1665年)、ドイツ(1670年)などのヨーロッパ各地に、そして植民地時代のアメリカ(1640年頃)にも伝わっていきました。トルコではトルコ語のカフヴェkahve、ヨーロッパではイタリア語のcaffè、オランダ語のkoffie、英語のcoffee、フランス語のcafé、ドイツ語のKaffee、などの言葉が生まれました。日本には18世紀に長崎の出島にオランダ人がコーヒーを持ち込んだのが最初といわれていますが(日本語のコーヒーはオランダ語のkoffieに由来)、江戸幕府の鎖国政策やコーヒーの風味が当時の日本人の口に合わなかったことから一般民衆には普及しなかったようです。幕末の1856年に日本のコーヒー豆の輸入が始まり、1880年代以降に本格的なコーヒー店が開業され一般にコーヒーが飲まれるようになりました。

 アラビカ種のコーヒーノキは17世紀にイエメンからインドやセイロン島、ジャワ島に伝わり、栽培が始められました。18世紀に入るとインドネシアからヨーロッパのオランダやフランスを経て西インド諸島や中南米にもたらされました。ヨーロッパはコーヒーノキが育つには寒過ぎるため、オランダではアムステルダム植物園、フランスではフランス王立植物園(現在のパリ植物園)で栽培されました。アラビカ種(Coffea arabica)の名は、エチオピア原産のコーヒーノキと果実がイエメンに渡り、アラビアで広く知られるようになり、さらにアラビアから世界中に伝播したことに由来します。アラビカ種には二大原品種というものがあり、1つはイエメンからインドネシア(ジャワ島)→オランダ(→フランス)→カリブ海諸島・南米に伝わったティピカという品種、もう1つはイエメンからフランス領ブルボン島(現在のマスカリン諸島にあるレユニオン島)に伝わったブルボンという品種です。ブルボンも後に南米に伝わりました。

 19世紀末に中央アフリカのコンゴでロブスタ種が発見され、1901年にインドネシアに持ち込まれて栽培が開始されました。ロブスタ種の発見より少し早く中央アフリカ西部のガボンでカネフォーラ種(C. canephora)が発見されており、ロブスタ種はカネフォーラ種と同種であることが判明したので、現在ロブスタ種はカネフォーラ種の変種varietyとしてC. canephora var. robustaという学名が付けられています。しかしながら、一般的にはロブスタ種という呼び名の方がよく用いられているようです。アラビカ種はコーヒーさび病というカビによる伝染病に大変弱く、この病気に感染すると木は枯れてしまいます。ロブスタ種はコーヒーさび病に耐性があることから、「強靭な」を意味するラテン語robustusからロブスタrobustaと命名されました。ロブスタ種は耐病性に優れていますが、品質面でアラビカ種より劣るといわれています。1927年に当時ポルトガル領であった東ティモール(現在の東ティモール民主共和国)でアラビカ種とロブスタ種の種間交雑種が見つかり、ハイブリッド・デ・ティモールと名付けられました。この交雑種はさび病耐性を受け継いでいることが判明しました。現在ハイブリッド・デ・ティモールとアラビカ種との交配により、種々のさび病耐性の品種が作られています。

②アラビカ種とロブスタ種の違い

 アラビカ種以外のコーヒーノキの染色体数は22本(2n=22)ですが、アラビカ種はその2倍の44本(2n=44)あります。ゲノムDNAと葉緑体DNAの解析から、アラビカ種はカネフォーラ種(父方:ゲノム構成をXXとする)とユーゲニオイデス種(Coffea eugenioides、母方:ゲノム構成をYYとする)との異種交雑により生じた複二倍体(異質四倍体でゲノム構成はXXYYとなります)を起源とすることが明らかにされています。複二倍体については2章穀類「コムギの歴史」図2-2ならびに5章野菜「アブラナ科の野菜」図5-1を参照してください。四倍体のアラビカ種と二倍体のロブスタ種が交配すると、三倍体のコーヒーノキができます。6章果物「果実的野菜②スイカと③バナナ」で述べたように三倍体植物は結実しますが、種子(すなわちコーヒー豆)を作れません。しかしながら、上述したハイブリッド・デ・ティモールの場合は、アラビカ種と偶然に四倍体化したロブスタ種が種間交雑したため、種子のできる四倍体交雑種が誕生したのです。

 アラビカ種とロブスタ種のもう1つの大きな違いは、アラビカ種が自家受粉できる自殖性であるのに対して、ロブスタ種は他家受粉する他殖性であることです。自家受粉とは花粉が同一個体の雌ずい(めしべ)に受粉することをいい、たった1本のコーヒーノキ(あるいはたった1粒の種子)があれば結実し、コーヒー豆を得ることができます。アラビカ種が世界中に広まったのは自家受粉が可能であるという性質に因るところが大きいと考えられています。他家受粉とは花粉が他個体の雌ずいに受粉することをいい、ロブスタ種の場合は一度に多くの苗木を同時に移植しないとコーヒー豆を得ることはできません。

③コーヒー豆の産地

 コーヒー豆の主要な産地はコーヒーベルトとよばれる北緯25度から南緯25度の間の熱帯および亜熱帯に集中しています。2017年の世界の生産量は約921万トンで、ブラジル(シェア:29.1%)、ベトナム(16.7%)、コロンビア(8.2%)、インドネシア(7.3%)、ホンジュラス(5.2%)、エチオピア(5.1%)、ペルー(3.8%)、インド(3.4%)、グアテマラ(2.7%)、ウガンダ(2.3%)などが主要な生産国になっており、中南米が50%以上のシェアを占めています。現在、日本はEUEuropean Union)、アメリカに続いて世界第3位のコーヒー消費国で、2017年の輸入量(生豆換算計)は約46万トンでした。

④コーヒーの成分

 乾燥したコーヒーの生豆には糖質が約50%、タンパク質が812%、遊離アミノ酸が0.40.45%、脂質が1214%含まれています。その他にカフェインやクロロゲン酸、トリゴネリンなどが含まれています。

 カフェインは1819年にドイツの化学者フリードリープ・フェルディナント・ルンゲによりコーヒー豆から初めて単離された物質です。クロロゲン酸もコーヒー豆から単離された物質で、コーヒー酸(別名:カフェ酸)あるいはフェルラ酸とキナ酸がエステル結合したポリフェノールです。カフェインはアラビカ種に0.81.4%(乾燥生豆中の含量)、ロブスタ種に1.74%含まれ、クロロゲン酸はアラビカ種に6.6%程度、ロブスタ種に10.4%程度含まれています。焙煎によりカフェインはほとんど分解されませんが、クロロゲン酸はかなり分解され、後述するメラノイジンやクロロゲン酸ラクトン、ビニルカテコールオリゴマーの生成に寄与します。カフェインは中枢神経系を刺激し脳を活性化する働き(覚醒作用)や利尿作用があり、クロロゲン酸は抗酸化作用があります。

 トリゴネリンはニコチン酸(別名:ナイアシン、ビタミンの一種)の誘導体で、生豆に0.61.0%程度含まれています。生豆を焙煎するとトリゴネリンのほとんどはニコチン酸に分解されます。

 コーヒー生豆に最も多く含まれる成分は多糖で、3545%程度含まれています。ガラクトマンナン(ガラクトース:マンノース=1:161:18)やアラビノガラクタン(アラビノース:ガラクトース=1:3)、セルロース(グルコースのホモ多糖)、ペクチン(メチル化ポリガラクツロン酸)、アラビナン(別名:アラバン、アラビノースのホモ多糖)などが知られています。焙煎すると分解され、含量が減ります。ショ糖も生豆には79%程度含まれていますが、焙煎すると0.5%以下に激減します。

 コーヒーの生豆は緑色をしていますが、焙煎することにより褐色に変わります。褐色色素はクロロゲン酸やショ糖、多糖、アミノ酸、タンパク質が分解・重合することにより生じるメラノイジンという高分子物質と考えられています。コーヒーメラノイジンの構造は現在まだ明らかになっていません。

 コーヒーの苦味には多くの成分が関与していると考えられています。焙煎により生成されるものとしては、上述したコーヒーメラノイジン、クロロゲン酸由来のクロロゲン酸ラクトンやビニルカテコールオリゴマー、タンパク質の分解で生じるジケトピペラジンなどがあります。カフェインは生豆にも存在しますが、焙煎によりほとんど変化せず、コーヒーの苦味に関与すると考えられています。

 コーヒーには酸味がありますが(pH: 4.75.2)、これはクロロゲン酸やクエン酸、リンゴ酸、キナ酸、コーヒー酸、酢酸などに因ります。このうちキナ酸、コーヒー酸、酢酸は焙煎の過程で生じます。

 コーヒーの香り成分は1,000種類程あるといわれています。香味成分は大きくイオウ(S)を含む含硫化合物、ピラジン類、アルデヒド・ケトン類、フェノール類、フラノン類、モノテルペン類などに分けられます。含硫化合物としては2-フルフリルチオール(FFT)や3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMBF)などが知られています。FFTはコーヒー豆を焙煎中に含硫アミノ酸(システインやメチオニン)とショ糖が反応して生成される物質で、もっともコーヒーらしい香り成分といわれています。含硫アミノ酸はシステイン含量の非常に高いコーヒーペプチドに由来することが分かっています。カシス(6章果物「スグリ」を参照)の代表的な香り成分として知られているMMBFは、含硫アミノ酸とショ糖の加熱分解で生じるギ酸、ならびに精油成分のプレニルアルコールが焙煎中に反応して生成されます。ピラジン類には焙煎中にアミノ酸と糖類によるメイラード反応により生じる各種アルキルピラジンが含まれます。アルデヒド・ケトン類にはイソ吉草酸アルデヒドやメチルプロパナル、ジアセチル(別名:2,3-ブタンジオン)などがあります。フェノール類としてはウイスキーのスモーキーなピート香として知られるグアヤコールやバニラの甘い香り成分であるバニリンなどがあります。フラノン類としてはイチゴやパイナップルの甘い香り成分であるフラネオール(別名:ストロベリーフラノン)とキャラメルのような甘い香りのするソトロン(別名:キャラメルフラノン)が知られています。エチオピアのゲイシャという村で発見されたアラビカ種の品種ゲイシャには柑橘系の芳香があるといわれていますが、これはモノテルペン類のリナロールやリモネンなどに因ると考えられています。

ココア

 カカオ(英名:cacao、学名:Theobroma cacao)はアマゾン川流域原産のアオイ目アオイ科カカオ属(Theobroma)の常緑樹で、属名のTheobromaはギリシャ語で「神theosの食べ物broma」という意味があるそうです。果実は幹から直接ぶら下がる幹生果でカカオポッドとよばれ、23cmの厚さの殻の内部に白い果肉(パルプ)に包まれた種子(カカオ豆)が3050個ほど入っています。パルプはジュースやシロップ、ジャムなどに加工され、カカオ豆はココアやチョコレートの原料になります。

 カカオ豆には4050%の脂質が含まれています。脂質はカカオバターあるいはココアバターとよばれています。焙煎したカカオ豆を粉砕し、外皮と胚芽を取除き、更に磨砕機で直径0.1mmくらいにまで磨り潰すとカカオマスが得られます。カカオマスにはカカオバターが約55%含まれており、これをプレス機で絞り取ります。残りのココアケーキを粉砕して粉末状にしたものがココアパウダーです。

①ココアとチョコレートの歴史

 カカオはメソアメリカ最初の文明であるオルメカ文明の時代(紀元前1,200年〜紀元前400年頃)から栽培されており、マヤ文明を経てトルテカ文明やアステカ文明に至るまで、カカオ豆を磨り潰して得られるカカオマスの飲み物(いわゆるホットチョコレート)が愛飲されていました。アステカ文明の頃、カカオはクリストファー・コロンブス(1502年)やエルナン・コルテス(1528年)によりスペインに持ち込まれ、カカオマスに砂糖や香辛料を加えて飲みやすくしたチョコレートがスペインからヨーロッパ各地に広まり、王室や上流社会でもてはやされるようになりました。

 オランダ人のヴァン・ホーテンは1828年にカカオマスからカカオバターをプレス(圧搾)して除去し、ココアパウダーを造る製法を開発しました。ココアの誕生です。ココアはカカオマスより脂質が少ないのでお湯やミルクに溶けやすく、飲みやすくなりました。一方、カカオマスに砂糖や粉乳、カカオバターなどを加えてよく練り上げ、型に流し込んで冷却することにより固形のチョコレートが誕生しました。このようにしてチョコレートは「飲む物」から「食べる物」に変わったのです。固形のチョコレートができたポイントはカカオマスにカカオバターを加えて脂質含量を高めたことです。ホワイトチョコレートはカカオバターに粉乳を配合して作るため、ココア成分(非脂肪カカオ分)は含まれていません。

②カカオ豆の産地

 カカオの品種としてはクリオロ種とフォラステロ種、ならびにこれらの交配種であるトリニタリオ種が知られています。2016/2017年のカカオ豆の世界の生産量は約474万トンと報告されています。主要な生産国はコートジボワール(シェア:42.6%)、ガーナ(20.4%)、インドネシア(6.1%)、エクアドル(5.7%)、カメルーン(5.2%)、ナイジェリア(5.2%)、ブラジル(3.7%)、ペルー(2.4%)などで、アフリカ諸国が世界の生産量の約76%を占めています。

③ココアの成分

 ココアパウダー(ピュアココア)の成分は、タンパク質18.5%、脂質21.6%、デンプン9.2%、ショ糖0.4%、水溶性食物繊維5.6%、不溶性食物繊維18.3%と報告されています。脂質の組成は、飽和脂肪酸のパルミチン酸とステアリン酸が61%、不飽和脂肪酸のオレイン酸が34%を占めています。

 カカオ豆にも茶葉やコーヒー豆と同様にカフェインが含まれていますが、ピュアココアのカフェイン含量は茶やコーヒーに比べるとかなり少なく、0.2%程度です。

 カカオマスにはカテキンやエピカテキン、エピカテキンの重合体であるポリシアニジンなどのポリフェノールが豊富に含まれています。ココアやチョコレートを食べることにより脂質代謝が改善され動脈硬化の発症が遅延される可能性があること、血圧の低下が認められること、インスリン抵抗性が改善されること、高齢者の認知機能改善が見られることなどが報告されています。

参考文献

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中川致之 「紅茶の水色および品質とテアフラビンおよびテアルビジンの含量」 日本食品工業学会誌 16:266-271, 1969

辻村英雄 「ポリフェノールサイエンスへの挑戦と創造」 化学と生物 54:691-695, 2016

旦部幸博 「コーヒーの科学-おいしさはどこで生まれるのか」 講談社ブルーバックス 2016

旦部幸博 「コーヒーの世界史」 講談社現代新書 2017

河野洋一・藤田和弘 「コーヒー豆中のクロロゲン酸類と総ポリフェノールの分析」 分析化学(Bunseki Kagaku) 65:331-334, 2016

中林敏郎 「焙煎によるコーヒー豆の蔗糖含量の変化」 日本食品工業学会誌 24:479-483, 1977

日本チョコレート・ココア協会 「チョコレート・ココア大辞典」 (http://www.chocolate-cocoa.com)

夏目みどり 「カカオポリフェノールの包括的研究: カカオは神様の食べ物?」 化学と生物 56:490-495, 2018